2014年5月13日火曜日

ある日突然

娘のことはまだトラウマになっている。

ひとりで4年も苦しんでいたのに気付かなかった。
打ち明けられた時はまさに青天の霹靂だった。

思春期の女の子としてとても辛い思いをしていたわけだが、
その後、各科を受診している間も、親として耐え難かった。
総合病院以外にも2件訪れた。

症状を理解してもらえない娘は、ポツポツといじめのことも打ち明け出した。

「異常ありません」といわれる度に、
「そんな筈ない」と訴える、歪んだ泣き顔が、私の脳裏から離れなくなった。

あれよあれよという間に、パニック状態になり
人とすれ違うたびにビクッとし、電車にも乗れなくなった。

駅のホームから電話してきたときは、
発作的に飛び降りるのではないかと、おろおろしたものだ。


娘の言葉がどこまで客観的事実なのか、
「確かめなくては始まらないのに、確かめられない」病に、私自身が罹ってしまった。

皆受験生で、大事な時期だったこともあり、確かめるのは無理な相談だったし、
医師たちは全然気に留めてなかったが、身体の異常の可能性を捨てきれなかった。

当時は、それ無しには正しい治療が受けられないと思い込んでいた。
(実際、診断が違えば全然違う薬が出される。
セカンドオピニオンで、そのときの処方が逆効果だとも指摘された。)


2年生までは学校の進学実績に貢献すると期待されていた娘は、
一転して大きなお荷物になってしまった。世間から見捨てられてしまったのだ。

大変お世話になった担任の「"Cは信頼置ける男"だから、彼に聞いてみる。」
という言葉は百パーセント信じていた、一年以上たったころ娘に伝えるまでは。
かばっただけかもしれないと気付き、本当に悲しかった。
お立場を考えれば責められないが、
「Cが一番卑怯なやつだ」という娘の「教師」というものに対する評価は下がった。


娘の怒りが頂点に達していた頃は、
ペットを握り潰さんばかりにして、「殺したい!」と口走った。
「どうして、あんなやつ(医学部を目指していたA)が医者になるのか!」とも言っていた。




後に娘は、受験会場でCに遭遇した。
一度も受験出来ずに浪人し、模擬試験など受ける余裕も無かったが、入試は何とか受験した。

やっとの思いで帰宅した娘が開口一番に「Cとすれ違った。○○と言った。」と訴えた。
まだ、全然治ってなかったのだ!!

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